あなたへ









 どんな風にお過ごしでしょうか。

 いま窓の外は嵐です。
 不老不死の世界なんて夢のような場所で、そういう物とは無縁のような気がしていましたが、
 こちらも案外、中つ国と変わりません。

 森を散歩なんかしていると、貴方が僕の為に摘んできてくれた花を見つけることもあります。
  僕が教えたこの花の名前を、あなたは覚えているでしょうか?





  ***





 「立派な最後でしたよ」

 長い話をレゴラスはそんな風に締めくくった。
 僕は何も言えなくて、テーブルの上にある冷めきった紅茶の表面を見つめた。
 隣からサムが鼻をすする音が聞こえる。

 「フロド」

 久しぶりの声に視線を上げると、レゴラスとギムリが心配そうにこちらを見ていた。

 「大丈夫です…」

 自分でも頼りない声だなと思う。
 二人は更に眉間の皺を深くしたので、慌てて笑顔を取り繕った。

 「お二人とも長い船旅でお疲れでしょう?部屋に案内しますよ。
 サムが昨日から腕によりをかけて夕食の準備をしてますので、
  なんとしてもそれは食べて貰わなくちゃ!ね、サム?」

 サムは無言でこくこく頷く。

 「そうだな。奥方様の所にも挨拶に向かわねば」

 ギムリが少し頬を緩ませた。

 「ギムリ」

 でもレゴラスはそれが気に入らなかったようで、両方の眉をこれ以上ないほどつり上げる。

 「行くのは貴方の勝手です。どうぞお好きに。でも僕は……」

 エルフは口を開けたまま僕を見つめた。
 どこか声を出すのを躊躇っているように見えて、僕は思わず首を傾げる。

 「なんです?」
 「…君に渡す物が…」

 レゴラスからの贈り物だったら彼はここまで言い淀まなかっただろう。

 誰を指しているのか直ぐ分かった。
 きっと僕は凍り付いたような表情をしていたと思う。

 レゴラスが決心したかのようにはっきりと言った。

 「アラゴルンから」





 ***





 あなたと別れてからもうどれくらいの月日がたったのでしょう。
 ただ一つ分かるのはもう数えるのも不可能なぐらい時が過ぎてしまったということ。

 でも、今でもふとした瞬間思い出したりするのはあの頃のことばかりなんだけど。





 ***







 日の光がさんさんと降り注ぐ僕の部屋に居るのは二人だけになっていた。
 暖かい南風をふくんで白いカーテンが膨れあがる。

 「レゴラス、紅茶は?」

 空になったカップに目をとめて言う。彼は少し笑って首を振った。

 「二人がいる場所で、言うべきじゃなかったかな?」

 ほぼ追い出すような形になってしまった友人達に後ろめたさを感じなくもない。

 「でも僕もちょうど貴方に話したいことがあったんだ」
 「へぇ、愛の告白とか?」

 僕が驚いて目を見開くと、彼は肩をすくめて冗談だよと言った。
 彼のこういう気質に救われることがある。

 あの日もそうだった。

 「レゴラス。ごめんね、ありがとう。ずっとそう言いたかった」
 「なんのこと?」

 とぼける彼に笑顔を送る。

 「あの日、理由も聞かず僕の願い事を聞いてくれたでしょう?」
 「その時も言ったはずだよ。エルフにとっては百年も一秒も変わらないと」
 「そう?昔に比べて貴方は随分変わったように僕は感じるけど」

 レゴラスがばつが悪そうな顔をしたので思わず笑う。

 「認めるよ。実はさっき船の中で気づいたばかりなのだけれど」

 そしてふと思い出したように僕をまじまじと見て

 「君は、変わらないね」
 「不老不死の世界ですから」
 「後悔している?ここに来たこと」
 「まさか」
 「彼を愛したことも?」

 レゴラスは真面目な顔でそう言った。
 僕は笑う。

 「ええ」

 そう肯定するとレゴラスは珍しく閉口した。





 ***





 今日、夢を見ました。
 とっても都合のいい夢で、貴方が出てきた。
 目覚めたら、泣いていた。

 ごめんね。
 ごめんなさい。

 貴方を縛らないって約束したのに。
 今でも僕は貴方の幻想にしがみついている。

 別れて何年たつのかも分からない貴方を愛している。





 ***





 「…でも、いつまでも思い出を引きずっては生きられない。
  フロド、早く忘れてしまいなさい」
 「レゴラス…」

 僕は困って友人を見つめる。彼の瞳は真剣そのものだった。

 「アラゴルンはもう、死んでしまったのだから」

 彼が言いたいことは痛いほど分かった。

 「君のことなら、僕が幸せにしてあげる」

 彼はきっとその言葉を実行してくれるだろう。
 僕だけを愛し、僕の幸せだけを願ってくれるだろう。
 あの人とは違い、例えそれで誰かが傷つくことになっても。

 でも、

 「…それは、できません」

 「フロド」
 「だって、あの人は最後まで僕のことを思っていてくれたから。だから僕も……」

 貴方が僕の前に現れることはもうないけど、今でも目を閉じれば貴方が見える。

 僕にとって貴方は、一生の人でした。

 「…ごめんね、レゴラス…」

 あの人を忘れる日はきっとこない。
 もし来たら、それは僕が死ぬとき。





 ***





 天の国の話を信じないわけじゃないけど、
 貴方が死んだと共に、貴方が僕を思う気持ちは消滅してしまったことでしょう。
 
 でも僕の記憶がなくなることはない。
 僕の中の貴方が消えることはない。
 僕は今でもあなたの言葉を信じている。
 握ってくれた手の温かさも、守るために抜いた剣の輝きも。

 あんなに人を愛したこと誇りに思う。
 貴方と出会えたことを後悔したことは一度もないよ。

 まだあの頃のように上手に笑うことは出来ないけれど、
 でも僕は幸せでしたから。

 幸せですから。





 ***





 海にせり出した崖の上まで歩く。
 手には白い封筒。

 過ぎ去った百年の歳月を埋める手紙。

 呟いた名前は潮騒がかき消して、誰の耳にも届くことはなかったでしょう。
 白い封筒が鳥のように風に舞い、青い海に吸い込まれていった。





 ***





 君へ

 久しぶり、とでも言えばいいのか。
 今更なんだと思うかもしれないが、どうか最後まで読んで欲しい。

 中つ国は今ではすっかり平和だ。
 サウロンの名は御伽噺の中でしか聞かない。君のおかげだ。
 君の名も、御伽噺の中でしか聞かなくなってしまった。

 そちらは、どうだろうか。元気だろうか。
 日頃東に向かって恨み言を吐いてやしないだろうか。

 最後のは君がそうしたければいいんだ。その権利が君にはあるから。

 ああ、本当に言いたいことを言うのは難しいものだな。
 しかも手紙なんて改まったものだから緊張する。

 笑わないで、読んでほしい。

 君を愛していた。

 あの時、この一言が言えなかったのは、
 言えば抑えがきかなくなる様な気がしていたんだ。
 何もかも捨てて君を連れ去りたいという衝動が抑えきれなくなりそうで。

 こんなのが一国の王でいいかと思うかもしれないが、
 君に対してはそれほど余裕がなかったんだ。
 言い訳にしか聞こえないだろう。すまない。

 私はいまとても幸せだ。君の犠牲の上でのうのうと暮らしている。

 時々、空を見上げると君を思いだして、今すぐ西に飛んでいきたい衝動に駆られる。

 君は、元気だろうか。今でも笑っていてくれているだろうか。
 それを知る術を私は持たない。
 君のことが本当に大事だったんだ。とても愛しかったんだ。

 フロド、今でも愛してる。

 だから、どうか幸せになって。誰よりも、私よりも幸せになってくれ。
 私から君へ最後の我が侭だ。

 君を幸せにできなかったのが私の一番の悔いだけれど、そんなのはどうでもいい。
 誰にでも良いから、サムでも、皮肉が得意なエルフでも良いから、幸せにしてもらってくれ。

 これを君が読んだということは、私が死んで、
 レゴラスが無事君の元へと手紙を届けてくれたのだろう。
 レゴラスをこちらへ残してくれて、ありがとう。
 本当に彼が必要だったのは君の筈なのに。
 でも、助かった。ありがとう。

 君には、助けられてばかりだ。

 今でも苦しいことがあると、君の笑顔を思いだして乗り越える。

 君がいなかったら、私は・・・。


 フロド。
 私と会ってくれてありがとう。私の人生の中で一番の幸運だった。
 私は死ぬまで幸せだったよ、君がいてくれたから。

 最後にもう一度、愛してる。フロド、どうか幸せに。





 ***





 書き綴るいくとせ。



 過ぎ去りし日時間の幸せを、言えなかった愛の言葉を伝える手紙。





  ***





 アラゴルンへ。




 僕も貴方のことを今でも心から愛しています。











 end.





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