電話しの彼









 俺達が中三に進級して二週間目のことだったと思う。
 一馬に初めてのカノジョができたのは。
 俺にその事を電話で知らせてくれた結人の声は弾んでいた。
 そして、悪戯っぽく
 『これで彼女イナイ歴=年齢なのはお前だけだな』
 と笑った。
 勿論、そんな言葉を言った所で俺が何のダメージも受けないことを分かって言ったのだった。
 でも、実際俺はその時かなりの衝撃を受けていた。
 電話だったためか結人は気づかず
 『明日の土曜みんなでメシでも食おうぜ』
 と言って電話を切った。




 結人に初の彼女が出来たのはいつだったか。
 確か、中二、いや中一の終わり頃だったかもしれない。
  その時は特になにも思わなかった。

 けれど、

 ツーツーと無機質な音が受話器から響く。
 俺はじりじりと胸を焼く焦燥感を計りかね、立ちつくしていた。












 午前授業を終え、俺は真っ直ぐ待ち合わせ場所の河川敷に向かった。
 川の水面は春の陽射しを反射し、きらきらと光っている。
 土手から川への斜面には、たんぽぽやらつくしやらが立っていた。
 俺はその中に寝ころぶ、一馬の姿を発見した。

 「一馬」

 一馬が振り向く。
 じり、と何かが焦げる音がした。
 それを無視して続ける。

 「結人は?」
 「ん、まだ来てないみたい」

 上半身を、肘を立てて起こした一馬の体には、
 枯れ草があちこちに付着していた。
 俺は眉をしかめた。

 「そんな所に寝たら汚いよ」
 「大丈夫だよ」

 何を根拠に、と思ったが、言葉を飲み込み、
 俺は一馬の隣に座った。
 ズボンを通して、草がちくちく刺さる。
 一馬がこの感触のどこに魅力を感じるのか理解しがたかったが、
 もう一度立ち上がるのも癪なので俺はそのまま足を伸ばした。

 「・・・結人から聞いたよ」
 「何を〜?」

 一馬は手元の小石を拾い、川へと投げ込んだ。
 ぽちゃんと音を立てて飛沫が上がる。
 きらきらと光を反射して、落ちていく。

 「彼女のこと」

 それがキーワードだったかのか、
 一馬は呼吸さえも止めて静止した。
 そしてみるみる内に耳まで赤に染める。

 その反応に俺は溜息をついた。
 少し、期待していたところもあったのだ。
 一馬に彼女が出来た、というのは結人の冗談だったのではないかと。
 ただ単に、自分はからかわれただけかもしれないと。

 そこまで考えて俺は気づいた。
 何を期待していたって?

 イライラした。自分自身に。
 そんな感情を振り払う。

 「どんな子なの?」

 よかった、声には出なかった。

 「え?えーと、」

 一馬は赤面し、照れながらも話した。

 彼女の容姿。
 彼女の性格。
 彼女の趣味、家族構成、部活、成績。
 出会った経緯。
 告白してきた時の彼女の言葉。
 返事をすると、笑って、それから泣いたこと。

 よく、
 よく分かってるじゃないかと俺は感心した。

 はっきり言って俺は一馬の人を見る目を信用していなかった。
 なんとなく、善人と悪人の区別がつかない奴だと思っていた。

 自分の一馬像と現実の一馬の間のギャップに俺は少なからずのショックを覚える。

 俺の知らない一馬が居るんだ。
 彼女だけが知っている一馬が居るんだ。

 知らなかった。

 胸の中で火が燃え上がる。
 焦燥感。

 俺は無意識に一馬の頬に指先を伸ばした。

 「英士?」

 俺の行動に一馬は顔に疑問を浮かべる。
 けれどそこに警戒心はなかった。

 俺は息を呑む。
 でも、彼女が知らない、俺だけが知ってる一馬も居るんだ。

 その先の行動は俺自身にも分からなかった。
 ただ、一馬を取り戻したかった。

 「英・・・」

 俺と一馬の距離がゼロになろうとした瞬間、

 ピピピピピ、ピピピピピ

 辺りに電子音が響いた。

 「あ!」

 一馬は顔色を変え、俺の手から逃れた。

 「もしもし!?」

 携帯電話を耳に当てたその顔は、驚くほど輝いている。
 またもや俺が知らない表情。

 電話の相手が誰だか訊かなくても分かる。
 俺が知らない一馬の表情を知っている人。

 悔しいが、完敗だ。
 俺は手を頭の下で組んで、その場に仰向けになった。
 一馬の弾んだ声が聞こえる。
 胸を焦がす火は、未だ鎮火しそうにないが、
 俺はその感情の名前をやっと受け入れることが出来た。

 全く、女の勘ってやつだろうか。
 自分の彼氏の危機を敏感に察知したのか。

 完敗だ。

 一馬の笑い声が春の空に吸い込まれていく。
 その声から逃げるように、俺は一馬に背を向け、
 電話越しの彼女に嫉妬した。








 end.