随分と久しぶり、だなんて互いに口にしなかった。 ALL OVER AGAIN, 例え視覚化されなくても、二人の間に透明な厚い壁が出来てしまったことに 直ぐ気がついたから。 それが明確に会わなかった時間を私達に突きつけて、言葉にする必要がなかった。 言葉にしなかった思いなんて、あの頃もいっぱいあったのにね。 今なら言えそうな気もするけど、やっぱり必要がないと思う。 隣に歩く水野の顔を見上げる。 14の頃、横並びだった歩幅には誤差が生まれて、どうしたって水野が半歩早い。 それに私は今日スカートだ。 大股では歩けない。 そこまで考えてふと自嘲した。 多分昔の私ならそんなことは考えなかっただろう。 スカートだろうがなんだろうが走りたい時は走ったに違いない。 これが、オトナになる、ということか。 「小島?」 いきなり名前を呼ばれた。 条件反射で水野を見る。 私より頭一つ分は高い水野の顔。 降ってきた声は、記憶よりも1オクターブ低い。 「どうかしたか?」 「・・ううん、なんでもないの。ちょっと、」 昔のことを思い出して、と言うと水野は納得した様に頷いた。 もしかしたら水野も、あの頃の一生懸命だった日々を思い出していたのかも知れない。 「懐かしいな」 いつの間にか私達の足は、前に前にと流れていく時間に逆らう様に、止まっていた。 水気を含んだ川風が吹いた。 街はもう黄昏時、西の雲がローズピンクに染まっている。 川沿いにあるこの土手道も、人気が少なくなっていた。 「小島がアメリカに行くって言った時、驚いた」 ドキリとした。 水野は涼しげな様子で言葉を続ける。 「いきなり過ぎて、訳分かんねぇ間に、はいサヨナラだったもんな」 「・・・ごめん」 水野に言わなかったのは、止めろと言われたら止めてしまいそうな自分がいたからだ。 例えその水野の言葉に他意はなくとも。 それに、あの時は水野も武蔵野森への編入に迷っている時期だったから、 言い出しにくかったこともあった。 「俺は、お前に、言わなきゃ、いけないことが、あった」 途切れ途切れの水野の言葉に、俯き加減だった視線をあげる。 相変わらず水野は無表情に風を受けとめていた。 茶色の髪が西日で透ける。 その時ふ、と水野は視線を落として笑った。 「でも、もう」 遅いよな、と。 それは私も感じていることだった。 何もかももう、遅すぎるのだ。 別れた後の共有出来ない思い出が増えるに比例して、 私達が共にいるあの頃は、色が褪せて、もう思い出せないことや、輝きが失われた思いが、 セピア色の残像の中で、時々キラキラと光を反射するだけだ。 その物自体の形は、私から見えない。 「・・何言ってるんだろうな、俺。悪い」 水野は場をごまかす様に微笑して、また歩き始めた。 その背中を見つめる。 広くなった背中、伸びた背、低くなった声。 ミュールを履いた足、スカートに包まれた体、長くなった髪。 私達は、大人になった。 でも、変わったのは、外見だけだ。 中身はあの頃と何も変わっていない。 自分の気持ちを精確に言葉に出来る力もなくて、 夢だってまだ掴んでいなくて、 目の前の人を引き止めることさえも出来ない、 子どもだ。 私はまだ、こんなにも幼い。 だから、まだ、戻れるかもしれない。 私は、走った。 スカートで走った。 水野に追いついて、その腕を掴む。 驚いて水野は振り返った。 私達は互いの目を見たまま固まった。 多分私が今言おうとしていることをそのまま口にしたら水野は呆れてしまうかも知れない。 それどころか何を言っているんだと怒るかも知れない。 14の頃よりも、もっと子供染みた願いだった。 でもリセットされてしまった私達の関係をもう一度始めるスタートボタンはこれしかない様な気がした。 それは不思議な感覚だった。 その言葉は“好き”よりももっと密接で、軽い言葉。 もしかしたら14の私が一番言いたかったことなのかも知れない。 今から積み重なる思い出は、きっとあの頃の思い出と同じくらい輝く。 私は息を吸って、今日一番の笑顔を浮かべた。 「ねぇ、水野。手、繋ごうか」 人目なんて気にせず、まるで子どもの様に。 end.