見上げた空は、あの日と同じなのに over the blue sky  最初はその存在自体を嫌悪し、拒絶していた。  何も知らずに屈託のない声で笑うそいつは自分とは別の世界の生物に見えた。  実際そうで俺は闇にのみ生きるものであり、アイツは日の光の下で暖かそうに生きていた。  市村鉄之助が憎かった。  屯所のどこにいてもアイツの声が聞こえた。  それまでどこかピリピリと殺気立っていた新撰組の空気は一変し、明るいものとなった。  それは自分にとって居心地の悪いものでしかなく、俺は最後の居場所さえ失ってしまった。  市村鉄之助が羨ましかった。  その声はなんの躊躇もなく兄の名を呼び、仲間の名を呼び、友の名を呼んだ。  俺が幼い頃捨ててきたもの全てを、たった二つしか違わないそいつは持っていた。  それを望むことさえ、俺は忘れていたのに。  俺にとっての普通は血の匂いや赤黒い臓器が周りに散らばっている生活であり、アイツにとってそれは異常だった。  忍びは何も望まず、自分以外に関わらず、闇に生き、闇に死ぬのみ。  所詮、俺はもうここから逃れられない。  ただ一人の肉親も最早他人として見ていた。  その人の優しい眼差しにも気づけずに俺は、自分は何も持っていないと、周りの人間は全員敵だと  決めつけて。  姉上と、そのたった一言を、聞かせてあげることも出来なかったのに俺は、市村を一方的に憎んで拒んで。  自分からは何も変わろうとしなかったのに。  「姉ちゃんなんて言う資格ねぇよ」  ああ、その通り。  俺は……、ただ、怯えていただけだった。  姉上と呼んだところで、あの人が俺を弟と認めてくれなかったらと考えると怖かった。  自分が傷つくのが嫌で、姉弟ではないと最初に言ったのはあの人だと、やっぱり人のせいにして。  なんてガキなのだろう。  いつから俺は、相手を思いやる気持ちを忘れた…?  同じ忍びでもあの人は最後まで、本当に最後まで俺のことを考えていてくれたのに。  俺のことを愛していてくれたのに。  「ススム!」  「市村か。何しとんのや?」  俺は垂れていた頭を上げて市村の顔を見た。  「へへ、沙夜がさ、綺麗な竜胆くれたんだ。アユ姉が好きだって言ったことがあったなーって」  そう言うと市村は右手で握りしめていた紫色の花を墓前にたむけ、顔の前で手を合わせて目を閉じた。  風に揺れる紫の花は凛とした雰囲気を身に纏い、確かにあの人が好みそうだったが、  それを面と向かって俺が聞いたことなどあるはずもなく、   一年と一緒にいなかったはずの市村がそれを知っているのは、どこか寂しかった。  姉上。  俺は今まで何かを勘違いして生きてきて、  最後の最後まで貴女と分かり合うことが出来ませんでしたが、今ではそのことを凄く後悔しています。  こんな俺を許してくれますか。  今は俺も普通に笑うことが出来るようになって、友人…って改めて言うと変な気もしますが、  俺のことを名前で呼んでくれる人が隣にいます。    今度はちゃんと向き合って人と接していきたい。  それが、貴女が自分の命を懸けてまで俺に教えてくれた最後のことだから。  「あー、空高いなー」  祈り終えたのか市村が空を仰いでそう言う。  つられるように見上げた秋空は、あの人を失った日と同じ空の筈なのに、  泣きたくなるほど、綺麗だった。  終