※5巻においての重要なポイントに触れています。 未読の方の閲覧はご遠慮ください。 当然の日常 もしも、なんて考えても仕方ないことは分かってる。 でも、どうしても思わずにはいられない。 もしも、小さな歯車が一つでも欠けていたなら、僕は・・・。 ハリーは夢と現実を彷徨いながら寝返りをうった。 できた布団と体の隙間から冷気がさぁっと忍び込む。 目が少し、覚めてしまった。 いつもと同じ朝だ。 ベッドの側面に位置した窓からは、 雪の照り返しにあった陽射しがさんさんと差し込んでいる。 けれど一度暖かい檻の中から出てしまえば、冬の朝は鋭いナイフのようなものだ。 ハリーはもう一度目を閉じて、幸せな眠りの中に落ちていこうとした。 「ハリー!!いつまで寝てるの?」 足音荒く、ドアが開いた。 「う、ん、ごめんおばさん・・・」 「おばさん?何言ってるの?」 その声に、ハリーは一気に覚醒した。 ペチュニアおばさんの声よりも柔らかくて優しい声。 慌て身を起こし、声の主を見る。 戸口に立っているのは、目の覚めるような赤髪、アーモンド型の緑の目。 呆れたように腰に手を当て、こっちを見ているのは。 写真よりも少し年を取っている。けれど、見間違えようもなく、 「母、さん・・・?」 「なぁに?夢でも見たの?」 夢?ああ、そうか。僕は夢を見ているんだ。 それとも、今まで見ていたものが夢だったのかな。 「早く起きてらっしゃい。パパももう着替えてるんだから。 お客さんが、きちゃうわよ?」 そう言うと、母さんは軽い足取りで駆けていった。 階下のリビングからは暖かい家の気配。 いつもと同じ朝だ。何も変わらない。何も。 しかしハリーは地面から3p浮いたような足取りで着替えをして、階段を下りた。 「ジェームズったら!全く、誰が子どもだか分からないわね」 「そう言うなよ。今度のこれは凄いんだ。 きっと・・・ああ、やっと起きたか。おはよう、ハリー」 朝日を受けて、輝くクリスマスツリー。 その根元に溢れんばかりのプレゼント。 火が絶えない暖炉。 食卓に並んだ、暖かい朝食。 台所から母さんのジングル・ベル。 そして、 「父さん・・・」 ハリーは、涙がこぼれそうになった。何故かは分からない。 だっていつもと同じ光景だ。毎日あわせている顔だ。 「どうしたハリー?昨日の母さんの夕食があたったか?」 訝しげに顔をかしげる父親に、母は激高した。 「ジェームズ!!」 「冗談だよ、リリー」 「どうやら変な夢を見たらしいのよ、ハリーったら」 「夢?どんな?」 真っ直ぐな父親の目に見据えられて、喉が詰まった。 必死に頭を振る。 「なん、でもない。ただの、夢だよ」 「そうか?」 「うん」 にやり、とハリーは笑う。 ジェームズもよく似た笑顔で笑った。 「じゃあ顔を洗ってこい。朝食はそれからだ」 「オーケー」 その頃になると、ハリーは夢の内容をすっかり思い出せなくなっていた。 とても悲しい夢だった。そのはずだ。 もう、思い出したくもない。 だって今日は、クリスマスだ。 ハリーが顔を洗い終わったその時、 リビングから火のついたような泣き声が聞こえた。 何事かと、走り出そうとして、足が止まる。 鳴き声は徐々に小さくなり、それとともにあやすリリーの声が聞こえたからだ。 「よしよし、いい子だから泣かないで。さぁ笑って」 そう、それはハリーにもよくかけられた声だった。 怖い犬に追いかけられた時。 大切なものをなくしてしまった時。 そして、今、その声をかけられているのは、ハリーの妹だ。 生まれたばかりの、かわいい、妹だ。 そうだ、昨日の夜だって彼女の夜泣きに一度起こされたではないか。 本当に今日はおかしい。 ハリーは自嘲の声を漏らしてリビングへと戻った。 「ハリー、ちょっと抱いててもらえる?まだパンが焼けてないのよ」 「うん、いいよ。さぁおいでチビ。おはよう。昨日はよく起こしてくれたな」 柔らかい頬を人差し指でつつく。 暖かい命の固まりがずっしりとハリーの腕にのった。 「いいなぁ・・・」 その光景を向かい側のテーブルで眺めていたジェームズが呟く。 「ダメだよ。父さんが抱いたら、また泣いちゃうんだから」 そう、どうしてかジェームズは念願の長女に嫌われていた。 「そう言うがハリー、お前の時はそりゃにこにこ笑ってたもんだぞ?」 「そりゃ、僕は愛想がいいからね。姫はナイーブなんだ。 父さんの抱き方はお気に召さないんだよ」 「ほぉ、やるつもりか、お前」 「のぞむところだよ。現役シーカーをなめないでよ?」 がちゃんっ!! 銀の盆にのせられた食器がダイニングテーブルに叩きつけられるようにおかれて、 激しく音を立てた。 「朝食にしましょう?」 リリーがにっこり笑う。 「「・・・・はい」」 もちろん男二人は頷くしか選択肢がないのだった。 朝食もあらかた終わった頃、ポッター家の前でエンジン音が止まる音がした。 門をすらりと飛び越えて、庭の芝生に降り立つ音。 それと一秒も開けず玄関の扉が開いてどんどん足音が近寄ってきた。 「シリウスおじさんかな?」 ぽつりとハリーが呟くと、 他に誰がいるんだとジェームズは呆れたように言ったが、その顔は喜色満面だった。 「おはよう、おじさん!!」 「ああ、おはよう、ハリー。リリー。ジェームズ」 戸口から、どうやって持ってきたんだと疑問になるぐらいのプレゼントを抱えてシリウスが現れた。 シリウスはどさりとそれをジェームズに渡し、真っ直ぐとベビーベッドに向かった。 「やぁ、また大きくなったんじゃないか?」 にこにこと笑いながらシリウスは寝付いたばかりの妹を眺める。 「シリウス、貴方一昨日来たばかりよ?」 食べ終わった食器をてきぱきと片づけながら、リリーが言った。 「何を言うんだリリー。一日だけでも赤ん坊は大きくなるものさ」 真面目な顔でシリウスは反論する。 リリーは溜息をついて、もう何も言わなかった。 「おい、このプレゼントほとんどがハリーとチビにじゃないか」 ジェームズがこの大量のプレゼントをどうやってクリスマスツリーの根元に配置しようか 思案しながらシリウスに進言した。 「ジェームズ、その年になってまだプレゼントが欲しいのか?」 「はは、まぁいいがな。俺もお前に用意してないし。 ところで、姫様の名付け親は?」 ハリーの名はシリウスによって名付けられた。 そして彼の妹の名は、ジェームズのもう一人の親友、リーマス・ルーピンによって名付けられていた。 「ムーニー殿はまだプレゼントが決まってないみたいだぞ? 涼しい顔して、あいつもハリーや姫がかわいいんだろ?」 それを聞いて、ジェームズはまだプレゼントが増えるのかと、眉根をしかめた。 けれどその顔は幸せに満ちていた。 「シリウス」 ハリーは無意識に名付け親に声をかけた。 ちくり、と何かが胸を刺す。なんだろう、この不安は。 「どうした?ハリー」 綺麗な彼の笑顔。でも、ハリーは知っていた。 その顔が醜く歪んだところを。 急速に周りの景色から色があせる。温度が低くなる。 ぼろり、と堰を切ったように涙が頬を伝った。 慌てたようにシリウスが声をかけた。 「本当にどうしたハリー?昨日のリリーの夕食にでもあたったか?」 「シリウス!!」 「冗談だよ、リリー」 父さん、母さん、シリウス、失ってしまった大切なもの。 「ここは・・・とても幸せだよ。できるならずっとここにいたい。 でも、それは無理なんだ」 その言葉を聞いた3人の大人が一斉に眉をしかめた。 「ハリー?どうしたの?」 心配そうに肩に母さんの手がかかった。 けれど、ジェームズだけは真剣な顔でこちらを見ていた。 なんだ、全部知っていたのか。 「ごめんね、母さん。けど、僕はしなきゃいけないことがあるんだ。 ハーマイオニーやロンを、残しておくわけにはいかないんだ」 ハリーは肩に置かれた暖かい手をそっと握った。 驚いたことに、その感触には覚えがあった。 それは、遠い昔。 けれど幻想ではなく確かに赤ん坊の時の自分の記憶だった。 「大好きだよ、母さん」 気づけば、シリウスも真面目な顔をしていた。そして横にはジェームズの姿があった。 「できるのか?」 胸に突き刺さる父の言葉。 「やらなきゃいけないんだ」 失われたものは、どうあがいても戻らないから。 けれどせめて、貴方達に胸を張って会いに行ける生き方はしたい。 にこり、とジェームズが笑った。 「そうか」 そのまま長い腕にハリーは抱かれた。 「いつのまにか、こんなに大きくなったんだな」 耳元に聞こえる、父さんの声。 「愛してるよ、ハリー。俺の、自慢の息子だ」 背後からも腕が回された。 驚いて振り返ると、にこりと笑う母の顔。 両親の体温はとてもとても暖かかった。 ハリーは目を閉じて、父親のセーターを自分の涙で濡らす。 「ハリー」 それは、つい最近まで聞いていた声だった。 ジェームズとリリーから体が離れる。 ハリーは自分の前に立つ長身の男を見つめた。 何も言えなくて、ただ抱きつく。 「ごめん・・・ごめん、シリウス」 「愛してるよ、ハリー。出来るならジェームズの代わりにずっと側にいてやりたかった」 ハリーは頭を横に振った。 「ありがとう、シリウス。貴方に会えて幸せだった」 見上げた瞬間、寂しそうに笑ったシリウスと目があった気がした。 が、それを確認する間もなく、ふっと、電気が消えるようにハリーは暗闇の中に放り出された。 「・・・シリウス?父さん、母さん!!」 上を向いても、下を向いても、ただの暗い闇が横たわっているだけ。 自分が立っているのか飛んでいるのかも分からなかった。 『ハリー!!!』 どこからともなく、よく知った声がする。 『ハリー!!!!!』 ハーマイオニーと、ロンだ。 『『ハリー!!!!!!』』 「そのまま真っ直ぐ」 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。 赤い、火のような髪に、くるくるとよく動く木の実のような榛の瞳。 「君は・・・・」 「バイバイ、お兄ちゃん」 「あっ!!!!!」 がくりと左の踵が地面に沈み、体が後ろに倒れていくのを感じる。 光の洪水が体を包み込んだ。 「ハリー!!ねぇ起きて!!ハリー!!!!」 「おい、ハーマイオニー。 そう揺すられちゃハリーだって・・・・・ハリー!!!!」 最初は黒い固まりにしか見えなかったが、 徐々にピントが合いそれは二つの像を結んだ。 「あー、ロン?ハーマイオニー?」 「ああ、よかった。貴方、ネビルの魔法を受けて、眠り込んでしまったのよ。 当の本人も何の呪文をかけたのか分からなくて・・・・ハリー?」 「ごめん、ちょっと、一人にしてもらえるかな・・・・。本当、ごめん」 ハーマイオニーは当惑したような顔をして何か言いかけたが、 その肩をロンが掴んだ。 「そう・・・。じゃあ、マダム・ポンフリーを呼んでくるわ。 さっき競技場でけが人が出て、そっちへ行ってるの」 「うん、頼むよ」 戸口から出て行くまで何度も振り返る二人の視線を感じながら、 ハリーは布団にもぐりこんだ。 薬臭いシーツに顔を埋める。 ネビルにも何の呪文をかけたのか分からないと言っていた。 つまり、もう二度とあそこには帰れないと言うことだ。 それでいいんだ。そう自分で決意したんだ。 あんな幻想、いつまでも見ていたらどこかで必ずひずみが起こった。 だからこれでよかったんだ。 それでも勝手に涙は出てきた。 父さん、母さん、シリウス 失ってしまった、何よりも大切な人達。 そして・・・・・・・・・。 あの燃えるような赤い髪、榛色の瞳。 この世に生きることを一瞬たりとも許されなかった、生まれるかもしれなかった命。 彼女の命の重さを、ハリーの腕はまだ覚えていた。 愛してるよ、たった一瞬の夢だったけれど。 貴方達の犠牲の上に僕がいることを、忘れない。 いつか、笑って会いに行くから。それまで、待っていて。 end.