夢追い虫 ビュウッと、それが風に飛ばされるのをコマ送りのシーンを見るような気持ちで眺めた。 「・・・っ!」 精一杯伸ばされた指は空をかすり、届かない。 大きな瞳が泣きそうなほど歪んだ。 「はい、船長さん」 「・・・ロビン」 呆気にとられた顔をして、ルフィはロビンを見つめた。 咲く場所を厭わない彼女の花は、いとも簡単に船縁に咲き乱れ彼の古びた帽子を救ったのだ。 ロビンの花が彼の頭へとそれを乗せる。 「おお、サンキュな」 「どういたしまして。 それよりも船長さん、悪魔の実の特性を使えばあんな距離簡単に届くでしょう? どうして使わなかったの」 彼はああ、と小さくうなずき 「忘れてた」 そう言った。 *** 「よっぽど大事にしているのね」 「何が?」 女部屋。 髪をとかすナミの鏡に映った顔を見ながらロビンはそう言った。 「船長さんの帽子よ」 「ああ、赤髪のシャンクスから貰ったってやつでしょ」 「へぇ、赤髪のシャンクス。大海賊じゃない」 「ルフィが海賊になったのも、彼への憧れが強いみたい」 なおも話そうとするナミの声をロビンが遮った。 「船長さんは、あまり自分のことを話そうとしないのね」 「え?あー、そうね。そういえば・・・」 他人には放っておいても干渉してくるのに。二人の口調がそう言っていた。 「まぁ、アイツは今生きているのが全てって感じだから。 ほら、今食べたいから食べて、眠たいから寝るって。 過去をあんまり気にしてないのね。 だからかしら、周りも気にしないって言うか・・・」 彼女の言いたいことはなんとなく理解できた。 「航海士さん」 「なに?」 「赤髪のシャンクスの噂が十年前に流れたのをご存じ?」 ナミは首を傾げた。無理もない。彼女が八歳の時だ。 「赤髪のシャンクスは十年前イースト・ブルーにいたの」 「ああ、じゃあルフィと出会ったのは」 「ええ、その頃でしょうね」 ロビンは一拍間をおいた。 「同時期、赤髪のシャンクスは左腕を失っているわ」 「・・・・・・どういう意味?」 ナミは立ち上がり、ベッドに腰掛けていたロビンの横に座った。 「仮定は出来るわ。なんの根拠もないけれど」 「いいから、言ってよ」 ナミの顔は真っ青だ。 船長さんにとっての宝物が麦藁帽子ならこの子にとっての宝物は彼なのだろうか。 「・・・噂では、」 ロビンは息を吸う。ナミの視線が痛かった。 「赤髪のシャンクスは子供を助けたと。利き腕一本引き替えに」 「・・・・・・なにそれ」 ナミは自分の両手に顔をうずめた。 「航海士さん?」 意外な反応に頭が追いつかない。どう対処していいのか解らないのだ。 「それで笑ってたの?あの子・・・」 ナミの声は今まで聞いたことがないほど震えていた。 「え・・・?」 「愛する人を犠牲にして生きて、それでもあんなに人は強くいられるものなの・・・?」 彼女がふと漏らしたことがある。 私は自分の親の血の上に生きているから、と。 この海の上ではみんな何かを犠牲にして、罪悪感にさいなまれながら生きている。 ロビンはそっとナミの小刻みに震える細い肩に腕を回し引き寄せた。 「その気持ちなら、なんとなく私も解るわ」 *** 今日も今日とて風が強い。 本が読みにくいので船室に引っ込もうと席を立った時、一際大きい風が吹いた。 「あっ!!!」 とっさの出来事だったが、なんとか古びた麦藁帽子を捕まえた。 「はい」 「サンキュー、ロビン」 満面の笑み。思わずこっちの頬も緩むような。 「宝物なんでしょ?」 船長さんはそんな質問予期していなかったのか一瞬間をあけてから 「ああ!!!!!!」 大きい、という形容詞が似合いそうな笑顔だった。 「だったらもっと大事にしなさいよ」 後ろから日光浴をしていた航海士さんがボソリと呟く。 この海の上では、人を傷つけて生きていく道しかないのだろうか。 でもきっと船長さんはそんなこと考えず今を精一杯に生きているだけなのだろう。 end.