斜め後ろから近づいてきた草音を耳にしてフロドは振り返った。

 「格好良い」

 自然と唇からそんな言葉が漏れる。
 夕焼けを背景としてゴンドールの正装で着飾ったピピンが微笑んでいた。

 「偉大なる指輪所持者様は宴に出ないの?」
 「それはこっちの台詞。そんな正装までして、なんでこんな所にいるの?」
 「フロドが・・・心配だったからだよ」
 「心配?どうして?」
 「一人で、泣いているんじゃないかなって。レゴラスも落ち着かない様子だった」
 「それで捜しに来てくれたの?」
 「そう。ちゃんと王様に了解をもらってね」
 「ああ、僕の分が悪いみたいだね」

 フロドはからからと明るい声で笑って今宴の真っ直中であろうゴンドールの白い城を眺めた。

 「でも、僕には出る資格がないもの。心の底から“おめでとう”なんて言えないから」
 「だったらどうして馳夫さんと逃げなかったの?」
 「逃げる?」

 フロドは目を見開いてピピンの言葉を鸚鵡返しした。

 「逃げるだなんて、そんなこと一度も考えたことなかったよ」
 「嘘だ」
 「本当」
 「フロドはそうかもしれないけど、馳夫さんは絶対考えてたに決まってる」
 「あのねぇピピン。あの人は責任感が強い王の世継ぎなんだから、僕の為に国を捨てるだなんて出来ない人なんだよ」

 笑いながら自分より年下の従兄弟を諭すフロドの姿にピピンは驚いた。
 自分の記憶の中にはないフロドの表情だった。
 年上の従兄弟は昔から聡明で優しかったが、どこか自分が弱いところがあって。
 こんな人ではなかった。

 「・・・・・・フロドは変わった。会わない間に随分変わってしまった」
 「僕?どこが?」
 「強くなったよ。でも、冷たくなった」

 綺麗なフロドの顔が引きつる。自覚していたのだろう。
 指輪の魔力は後遺症の様に彼の体を蝕み続けていた。
 世界からは闇が去ったのに。
 もう誰も悪夢におびえる人はいないというのに。

 「・・・・・おかしいね」
 「え、なにが」

 赤く染まった空を横顔に受けたフロドの顔を凝視する。
 ああ、モルドールのあの真紅の火口でもこの人はこんな顔をしていたのだろうか。

 「こんなにも汚れた僕を人々は英雄だと褒め称えて、彼の人の一番の友人だと言って」
 「汚れてなんか」
 「僕は変わった。もう元には戻れない。君が知っていた僕は死んでしまった」
 「やめて!!」

 ピピンはフロドの体に抱きついた。細くなった彼の体は呆気ないほど容易く自分の両腕へと収まった。

 「ごめん、フロド、ごめん。だから泣いて」
 「ピピン、君は僕が泣いているのかと心配して捜しに来たんじゃなかったっけ?」
 「それは一人で泣くのはあまりにも寂しいだろうと思ったから。今は僕がいる。だから泣いて」
 「・・・・・・・泣けない」
 「いいから、泣いてよ」
 「僕はね、ピピン、悲しみ方を忘れてしまったんだよ」
 「・・・・・・・・フロド・・・・・・・・・・」
 「ごめんね、ピピン」

 婚礼を祝う鐘の音が響く。
 偉大な王を讃えよ!新しい后に祝福を!幸せをくれた指輪所持者に感謝を!
 西の空は赤く燃え、東の空には紺色が立ち上ってきた。

 世界は美しかった。

 僕達はあまりにも小さく、無力で、

 泣く事さえ許されはしなかった。




 end.