kyrie 瞼に冷たい感触。 目を開かずともそれが何かは想像できたので、敢えてそうせずにいたのだが、 「クロロさん?」 意外な声に思わず視界を暗闇から解放する。 あぁ、やっぱり、灰色の空から雪が舞っていた。 「や、」 「うん。何やってるの?」 「こっちの台詞だよ。お嬢様がこんな街はずれで何してるの」 真っ赤なコートからはみ出した白いレースに目をとめる。 「パーティーに行く途中」 「で、逃げてきたわけだ」 彼女は微笑む。 俺は不自由な偶然に頭を振った。 彼女は服が汚れるのも気にしないで、 俺と同じように荒れ野に座って、昔ここにあったであろう建造物の瓦礫に背を預けた。 「で?」 「で?」 「クロロさんは何をしていたの」 「別に。ボーっと」 「ふぅん」 「なに」 「なにが?」 意味のない会話に二人とも呆れ返って顔を見合わせる。 「何やってんだろ、俺たち」 「ねー」 降る雪の量は増してきたようで、隣に座る彼女は寒くないのかと疑問に思う。 きっと俺がそう言うと彼女は、 クロロさんは?と聞いてきて、俺は寒さに強いんだと答えると、ふぅん鈍感なのね。 と返されるのがオチだろう。 「・・・パーティー」 「え?」 「行きたくなかったんだ?」 「ああ、うん。顔も知らない人の誕生日なんか祝う義理ないでしょ」 「行かないと後で煩くないかい? まぁ、確かにいい年になってまで誕生日パーティー開催するおっさんなんて祝いたくないけど」 ポケットの箱から煙草を一本出して口にくわえる、と 「クロロさん、それ、冗談で言ってるんでしょう?」 「は、なにが?」 「えっ、てゆーか今日が何日か分かって言ってる?」 「12月24日」 「・・・クリスマス・イヴなんだけど」 あ、と思い出す。 「やっばー、珍獣発見しちゃったよ」 彼女はうわーうわーと執拗に繰り返した。 「大きなお世話」 白い煙を空に吐き出す。 「で?」 「え、なにが?」 「何でここにいるの」 「え、だから、クリスマスパーティーが嫌で」 「違うでしょ」 「・・・・・・」 「いつもの君なら行くのは暖かい俺の部屋なんじゃないの?」 「・・・・・・」 「何でこんな荒れ地に?」 今日が12月24日ということは、ホワイトクリスマスというわけだ。 どうして人はあんなにも簡単に神がいると信じられるのだろう。 俺に欠けているのはそこの部分なのだろうか。 「今日は、ね」 「あ、うん」 深い思考の海から一気に引き出される。 彼女の桃色の髪に雪が絡み付いているのが見えた。 「ママが出ていった日なの」 そこまでではコメントのしようがなく、クロロは沈黙を徹していた。 「パパはやっぱりクリスマスパーティーに出席しなきゃいけなくて、帰ってきてはくれなかった」 どうして彼女は微笑んでいるのか。それも俺には分からない。 「ママは私がどんなに泣いても、呼んでも、振り向きさえしなかった。 無理矢理手を掴むとうっとうしそうに振り払うだけで・・・」 彼女の瞳は一瞬遠くを見つめたが、すぐに俺の顔へと焦点を変えた。 「だから、クリスマスは嫌いなの」 「嘘でしょ」 自分の口の端が意図しなくても勝手につり上がり、彼女の話を真剣に聞いていたフリをする。 「どうして?」 彼女もにっこりと笑った。 「俺の部屋に行かなかった理由になってない」 彼女は無言で拍手をする。 「でも、半分はずれ。嘘じゃあないよ。ただ、全部言ってないだけ」 「ふぅん」 「聞きたい?」 「特には」 「じゃあ言わない」 「ん」 「・・・・・・」 彼女はいきなり黙り込んだ。 俺もさっき言ったことが嘘ではなく本音だったので、黙り込む。 雪がしんしんと降り積もり、そのまま二人で埋もれてしまいそうだった。 だけど、俺はこんなところで凍死なんてカッコ悪い死に方は嫌だったので、しばらくしてから腰を上げる。 「寒くないの?」 「クロロさんは?」 「俺は寒さに強いんだ」 「ふぅん、鈍感なのね」 先ほど頭の中でイメージしたのと一字一句かわらない会話を一通り交わしたところで、 俺は彼女に手をさしのべる。 彼女はそれをみとめて、宙に右手をあげる。 握り返してきた手が温かかった。 俺は疑問に思い彼女の大きな瞳を見つめる。 「えへへ〜」 立ち上がった彼女は悪戯が成功した子どもの笑みを満面に広げて、コートの両ポケットから山のようなホッカイロをとりだした。 呆れてため息をついたが、降参の意味もかねて俺は彼女の額に口づける。 目を閉じたまま彼女がくすぐったそうに笑ったのを見てから、俺たちは街へと歩き出した。 end.