11月の風景  幸せよ?アタシ。  自分が決めたことを後悔した事なんて一度もなかったもの。  木枯らしの音を聞きながらアタシは貴方を見つめた。  真剣な横顔、本が恋人だなんて!とは思わないけど、勿論。でも少しつまらないわ。  ソファに腰掛けた貴方の隣に座って、彼の肩に後頭部をのせる。  崩れない表情。人形みたいね。それともロボットかしら?  貴方は本を読むことを最優先事項とインプットされて生まれたロボット。  アタシは叶わぬ恋に涙する。  「・・・馬鹿らしい」  自分に酷く呆れたアタシは声に出して呟く。  けれども貴方は身じろぎ一つしない。ただただページをめくる指が規則的に動くだけ。  諦めたアタシは急にコーヒーが飲みたくなった。  頭を貴方から離してキッチンへ向かう。    戻って来ると、彼の持つ本の表紙が淡いブルーから渋い緑に変わっていた。  アタシが座っていた彼の隣には、さっきまで彼が熱ーい視線を送っていた本。  捨てられちゃったのね、お気の毒。  彼の分の濃いコーヒーをテーブルの上に置いて、 アタシは珍しくミルクを入れたコーヒーをベランダに出てすすった。  夕方の薄紫に染まった世界に湯気が白く立ち上る。吐息も凍った。  風が目の前の木から落ち葉を降らせてゆく。  彼から勝手に失敬してきた淡いブルーの表紙をめくる。  陳腐な言葉を並べたタイトルが失笑を誘う。  あの人の本に対しての雑食ぶりは尊敬に値するものがある。  強風が吹く。  ページはアタシの意志と反して次々と嵩を右に増していったけど、そのままにしておいた。  君のためなら命だって、そんな台詞が目に飛び込んでくる。  「つまらない話だぞ」  「へぇ」  窓を開けて、彼が出てきた。  「さっきの緑のは?」  「読み終わった」  「おもしろかった?」  「まあまあね」  ブルーの本を持ち上げてきく。  「どういう話なの?コレ」  彼は持ってきたコーヒーを一口すすった。  「病気の恋人の為に不死の薬を手に入れようと旅をする男の話」  「ふぅん」  「ところでこのコーヒー、濃すぎないか?」  「目を覚ますのにはそのぐらいがいいかと思って」  「俺が寝てるように見えたか」  「違うわよ。人間に戻って欲しかったの」  彼はそれ以上追求してこなかった。  「ねぇ、アタシは永遠なんか信じないから」  君のためなら命だって、その先の文章を目で追いながらアタシは言う。  「信じるような奴は幻影旅団にはいない」  「ええ、解ってる」  唇をひき結んで笑う。  「死は恐れないわ」  貴方の為の死なら、とは言わなかった。これからも言うことはないだろうけど。  なんでこんな安っぽい言葉をアタシは言う様になっちゃったのかしらね。  笑っちゃう。  だけど今、ただ純粋に貴方の為に生きたいと思う。  「もしアタシが死んでも悲しんだりしないでね?アタシの為に涙を流すような男は、嫌い」  彼の冷たい手とアタシの冷たい頬が混ざっていく。優しい触れ方に目を閉じる。  「解ってる」  彼は言った。  風が吹いて、落ち葉が降ってきた。     覚えているわよね?あの日の会話を。  アタシの顔や名前は忘れても構わないから、あの約束だけは覚えていて。  ゆっくりと目を開けた。  「信じて、受け止めてくれる?」  死ぬ瞬間に貴方の顔を見られないことだけが心残り。それだけよ。  end.