※フロドはモルドールの火口で死んだ設定になっています。 苦手な方はお気を付け下さい。 035-佳人薄命 佳人薄命と言うけれど、君は私なんかよりずっとずっと生きなければならない人だった。 「お父様!!」 聞き慣れた声と共に体に軽い衝撃。 咄嗟に笑って、ぶつかってきた子どもを抱き上げる。 「どうした?」 「ねぇねぇ、お話をしてよ!お母様が眠る前に読んでくださるような」 「ああ、いいとも。靴屋の小人の話?それとも竜とお姫様がいいか?」 「違うよ。お母様はいつも勇敢なホビット、フロドの話をしてくださるよ!!」 懐かしい名前に驚いていると、彼女が小走りでこちらに向かってきた。 「ああ、やっぱりここに来たのね。 お父様は久しぶりにお休みしてるんだからお邪魔しちゃだめでしょう?」 そう言って私の腕から抱き上げる。 「ほら、こんなにいいお天気なんだからみんなと一緒にお外で遊んでらっしゃい」 「はーい」 その時ちらっと私を見て躊躇ったのが解った。 「心配しなくても夜にお話をしてあげるさ」 「本当?」 「勿論。約束だ」 にっこり笑って私を見上げる。アルウェンが促したので中庭へ小さな背中が走っていった。 「本が好きなところは貴方にそっくりね」 「フロドの話をしてるんだって?」 彼女が少し眉を寄せた。 「おいや?」 まさか、と笑う。 アルウェンの長い睫毛が伏せられた。 私はもう一度空を仰ぐ。 「もう十年になるのね・・・」 ガンダルフが連れ帰ってきた人影は一つだった。 祈らなかったなんて言えない。理性と本音が何度も繰り返し響いていた。 頭に浮かぶのはあの人の笑顔だけで。 彼であって欲しかった。もう一度この腕に抱きたかった。 ガンダルフがこちらに気づき視線をそらしたのが解った。 大切な仲間を一人失ってしまったのは明白だった。 白い影からサムが泣きそうな顔で、否、すでに涙が枯れてしまった顔つきで歩いてきた。 一番守りたかったひとを、失ってしまった。 一人、花を見る。 その花の名前を彼に教えてもらったことがあった。 どうしても思い出せないのが情けない。 同じ空の下で、あの時確かに二人で見たはずなのに。 「幸せだよ、私は・・・」 君の犠牲の上に幸せを作り上げた。 「人を犠牲にして得る幸せなど、君が一番嫌っていたことなのにな」 君との記憶もどんどん薄れていって、いつか、君の名前すら思い出せなくなるのではないかと 空を見る。 彼の傍にいるときはいちいち上など見上げなくても良かった。 彼の瞳が空を映していたから。 「フロド・・・」 白い花びらが、ヒラリと雪のように落ちた。 青い空に白い花が、まるで雲のように、羽根のように、 ああ、 空はこんなに、薄い青だったのか。 end.