033-遅桜 島は、春島だった。 暖かくなった風を受けながら海を見つめる。 身を乗り出すと、白い波が切り立った崖にぶつかっては打ち砕けていくのが見えた。 目線をあげれば、雲一つない快晴が視野に広がる。透き通った春の青空だった。 自分の名を呼ぶ声を耳にして、振り向きそこを後にした。 男が煙草を口にくわえ、少年を待っていた。 少年が駆け寄ってきたのを認めると、無言で右手を差し出す。左手は、なかった。 男の右手に少年の左手が重なると、男はゆっくりと無言で歩き始めた。 ――元気だった? 少年は決まりきった挨拶を言う。 ――相変わらずさ。 男が紫煙を吐き出しながらそれに答えた。 ――どこ行くの? ――特には決めてないが? ――じゃあ、あの丘に。 男は怪訝そうに少年を振り返った。 ――さっき船の中からあの丘の頂上に桜っぽいのが見えたんだ。 そう言えば、とシャンクスは思い出す。 フーシャ村があった島も暖かな気候をしていて、 桜が、シャンクス達が知るよりも早く咲いていた。 とにかく何の理由がなくても宴をはじめて乾杯しあう赤髪海賊団だ。 ようは派手に飲み食いしたいだけなのだろうが、 それに花見という立派な名目もついたのだから始末が悪い。 勿論シャンクスが止めるはずもなく、連日連夜“花見”にくりだし、 よくルフィやマキノさん、果てはエースまでもが巻き込まれていたものだ。 ルフィはあの頃から桜が好きだった。 そのルフィはというと、 仲間の船医を探しだしたときに見たという桜色の雪の話をしており、 ―ちなみにシャンクスがこれを聞くのは四回目だった― そんなことはちっとも覚えていなさそうだった。 目蓋を閉じて、ピンク色の雪を思い出す。 本当に丘の上に桜があったなら、明日船医を連れてこようか。きっと喜ぶはずだ。 ルフィはふと、随分前に果たされなかった約束を思いだした。 男と昔、ただ一度きり過ごした春のこと。 宴好きな海賊団は花見に忙しく、ルフィもよくそれにくっついていった。 あの島の桜もやはり小高い丘の上にあり、 マキノから預かった弁当箱を両手で抱えながら緩やかな坂をのぼったものだ。 その弁当箱がすっかり空になった頃、 酔っぱらったシャンクスに来年も一緒に桜を見ようねと言った。 あの時もシャンクスと手を繋いでいた。 背丈は、まだまだ見上げなければならなかったけど。 機嫌良さそうに笑ったシャンクスは確かに、そうだな、と呟いた。 ルフィ、と呼ばれる声に気づいて焦点をあわせていなかった目をシャンクスに向けると、 素早くシャンクスの手がルフィの視界を覆った。 「なに!?」 「いいから目つむってろ」 そう言いながらシャンクスはルフィの顔半分を覆ったまま器用に後ろへとまわり、 ルフィの頭を後ろから抱える様にしてから歩き始めた。 「・・・なぁ、シャンクス」 「ん?」 「約束を、覚えている?」 「約束?」 「昔、フーシャ村で花見をしたとき、俺言ったんだ。 来年も一緒に桜を見ようねって」 「へぇ・・・」 「酔っぱらってたから覚えてないとは思ってたけど」 「それは、それは」 そう言ってシャンクスは右手をほどいた。 「随分遅い桜になっちまったなぁ」 シャンクスの指の先で桜が風に吹かれては散っていた。 end.