032-柘植の櫛 「ロビンの髪は綺麗ね」 そんなナミの言葉を、ロビンは“ないものねだり”だと思う。 自分はこの髪が嫌いだから。 今まで生きてきた世界の闇をそのまま吸い込んでしまったかの様なこの髪が。 ロビンはドレッサの鏡に映るナミを、ナミの髪を見た。 太陽と、オレンジの色だ。暖かい色。 そこまで考えてふと可笑しくなる。 自分だってないものねだりだ。 「何が可笑しいの?」 鏡越しにナミと目があった。 「いえ、ごめんなさい。私は貴女の髪、好きよ」 「どうして?」 訊かれて、少し困る。 話の方向を変えてみた。 「貴女はどうして私の髪がいいの?」 「綺麗だから」 「貴女の髪も綺麗よ」 ナミは言葉が喉で詰まった様な顔をする。 その顔を見て、ロビンは余裕たっぷりに笑ってみせた。 「手がお留守だわ、航海士さん」 ロビンの髪の一房が優しく持ち上げられて、小さな櫛で梳かれる。 その櫛は随分と年季の入った木製のもので、初めて見た時ロビンは意外だと思ったものだ。 「ロビン」 「なあに?」 「ロビンは自分の髪が嫌いなの?」 また困る。 自分の人格をはっきりと決定づける発言を、ずっと避けてきた。 好きとか嫌いとか、自分だけが持つ定義、ものの見方、意見、主張。 全て避けて、自分の形をぼやけさせてきた。 「嫌い?」 ナミが重ねて訊いた。 「嫌いだわ」 ロビンは観念して応える。 ナミの顔が悲しそうに歪んだ。 「私は好きよ」 ナミはまた、髪をとかし始めた。 「ロビンの髪も、ロビンも好きよ」 返答の選択に困る。 ありがとう、私も貴女が好きよ。そんな言葉はとても言えない。 「航海士さん」 「なに?」 「私は貴女の髪が羨ましいわ」 同時に、剣士さんの緑も、コックさんの金色も、長ハナ君と船長さんの明るい黒も、船医さんの茶色も羨ましいと思う。 彼らの髪は、太陽と海風と夢を吸い込んだ色をしている。 ふと、思いついた。 試しに言ってみる。 「航海士さん」 「なに?」 「航海士さんが私の髪を羨ましいと思うのは、船長さんと同じ黒だから?」 ナミは一瞬驚いた顔をしてから慌てて、そんなわけないじゃない、と呟いた。 それを知っても、ロビンは不愉快だなんて全然思わず、 逆にナミのことをこの上もなく愛しいと思った。 ナミが優しくロビンの髪をくしけずる。 いつか、もっと普通に自分が出せる様になったら、 訊いたことはないが、おそらく彼女の母が、姉がそうしたように、 オレンジの髪をとかしてあげたいと、ロビンは思った。 end.