026-鬼 もういいかい 呼び声遠く もういいよ 声にはならず 小さな足音は遠のく もういいかい もういいよ 声は届かない。足音は遠くなる。 もう、いいよ・・・? (ダカラ早ク私ヲ見ツケテ) 私には声がない。 それ故か、昔から蔑まされることが多かった。 大きな伝達手段を欠いていた為に、 他人と上手く人間関係が築けなかったのが主な原因だろう。 だから島原に来てからは前よりも 人間らしい生活が送れていたことは否定できない。 例えそれが大きな代償と引き替えだとしても。 覚悟はしていたけれど、否、していたつもりだったけれど。 その頃の私には未来などとはこれっぽちも想像できなくて、 今思えば覚悟などと呼べるものではなかった。 今は“光”を見つけてしまったから。 暗闇の中で膝を抱き、顔を埋め泣いていたのを 見つけてくれたのは彼だった。 彼が、見つかり損ねていた私を見つけてくれた。 「沙夜!」 小走りで駆けてくる彼をみとめて、思わず口元をゆるめる。 「遅くなったごめん!!」 と、彼は唐突に手を合わせ頭を垂れた。 私は慌てて首を振る。 見ると彼は傷だらけだった。 どうやら午前の剣術稽古が長引き、 取る物も取らず走ってきてくれたようだ。 それだけで充分なのだけれど、彼に伝えることは出来ない。 こういう時自分の性質を呪う。 思わず伏せた目の前で彼が手を振った。 「ん?なんか元気ない?もしかして怒ってる?」 その様子に苦笑して首を横に振る。 「本当?」 クスリと笑って頷く。 「よかったァ。あのさ、土手の桜が満開なんだって。見に行こう」 そう言って彼は自然な動作で手を差し伸べてくれる。 既視感 最初に会ったときも、彼はこうやって私の手をとってくれた。 優しい春の風が彼の髪を揺らす。 待ち受けているはずの運命も、春の光で霞んでしまう。 私は彼の手を取った。 昔と変わらない温かい手。 貴方はいつでも私を導いてくれるのね。 こんな日々はいつまでも続かないかもしれない。でも、 「どうした?何か悲しいことでもあった?」 私が一歩踏み出した途端、彼はそう問うた。 一瞬面食らったけれど、すぐに笑って私は首を振る。 だって風はこんなにあたたかくて 桜は綺麗で 世界は光で満ちあふれていて あなたと私の手は繋がっていて あなたは私が何を言わなくても理解してくれるたった一人の人で そのあなたが側にいるのに こんなに幸せなことはないのに どうしてこれ以上を望むの? 私は笑って彼の先に立って歩く。 いまの幸せを自分自身にだって邪魔されたくない。 すぐに影は身を潜める。だってこんなに近くに光がいるんだもの。 隠れんぼの鬼が私を見つけてくれたあの日から、いつでも近くに光がある。 あの時の幸せにかなうものなんか、未来にだってありはしない。 そう思うと私は、闇の中でだって真っ直ぐ歩いていける気がした。 『沙夜!見ィーつけた!!』 膝を抱えて泣いていた私を見つけてくれたのは、赤茶色の髪をした男の子だった。 終