023-白雨 運命は環の形をしているという。 そしてそれは、一度廻り始めたらもう止まらない。 いきなり降り始めた激しい雨に耐えきれず、長屋の軒下に逃げ込んだ。 まるで自分を待っていたかの様に佇む 一人の青年の影にはもぐり込むまで気づかなかった。 「雨宿りですか?」 実年齢よりも若く見える青年はゆっくりと口角を引き上げながら、 曇天に不似合いなからりとした声で言った。 「・・・ああ」 「私もです。すぐに止みそうですね。空が明るいから」 「そうだな」 軒下から落ちる規則正しい雨だれが耳朶を打っては流れていく。 「一つ、聞いてもいいですか」 「質問による」 「ずっと聞いてみたかったけれど機会が掴めなかったんです。 今を逃したらこの次はない気がする」 「お前らしくもなく回りくどいな。早く言え」 「すみません」 しかし青年はそれから長いこと黙りこくったまま何も言わなかった。 風が吹いてきて、濡れた体を生暖かい感触がはいずり回る。 その不快感に不似合いなカラカラとした、 どこか懐かしい音が聞こえたと思ったら視界の端に赤い物が動いていた。 視線を移すと青年の白い手に赤い風車が握られていた。 青年はこちらの視線に気づいたのかああ、と溜息の様な声を出す。 「一緒に遊んでいた子供がくれたんです。可愛いでしょう?」 「総司」 土方は青年の名を今日初めて呼んだ。 「やだなぁ、ちょっとした息抜きですよ。そんなに眉間の皺を深くしないで下さい」 「仮にもお前は新撰組一番隊長・・・・・・・・」 「どうしてあなたは刀を振るうのですか」 言葉は途中で遮られてその先が語られることはなかった。 「ずっと、聞いてみたかった」 「・・・・・・」 「土方さんが刀を振るう意味をずっとずっと聞いてみたかった」 白い肌に長いまつげが影を落とす。 「・・・今更だな」 と、土方が呟いた。それでも、と沖田は重ねて言う。 「私が刀を振るう理由は聞かないでくださいね。恥ずかしいから」 「不公平だ」 沖田は唇を綺麗に引き結んで笑った。 化け物じみているとその笑みを見ながら土方は思った。 雨は未だ止む素振りを見せない。 「どうしてかっ・・・て」 土方の言葉はそこで詰まってしまった。 慎重に言葉を選んでいる様にも見えたし、 自分の答えを失ってしまった様にも見えた。 雨は止まない。 雨粒が水溜まりに落ちてせわしく波紋をつくるのを土方は視線をおとして眺めた。 なんとなく沖田も同じ物を見ている様な気がしていた。 そしてその予感ははずれない。 「・・・・・・・帰る」 「未だ雨が、」 「いい、濡れてゆく。お前はここで待て。市村を使いに出す」 歩み出した土方の足を沖田が呼び止めて、 「死に場所を、探す為ではないのですか」 と、小さく言った。 雨の音が二人を暫く包んだが、土方はそれを振り払う様に踵を返した。 そしてそのまま雨の中へと消えて行く。 沖田はそれを見届けながらふと思いついた様に赤い風車へと息を吹きかけた。 カラカラと音を立てながらそれが廻る。 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカ、ラ。 もう止まらない、それは廻り始めたのだ、と。 終