010-短夜 秋虫が夜の静寂に澄んだ音を響かせる。 少し冷たい程の風は勝手気ままに育った草を揺らし、 ついでに何故かある季節はずれの風鈴を鳴らしていった。 山の夏は短い。もう秋の気配がたちこめていた。 「いい月じゃねぇか」 縁側と自分は呼んでいるが、 少し前までいた奴に言わせると荒れ野に突き出た余った板、に腰掛け、一人酒を飲んでいた。 「なぁ?」 返答がかえってくるわけがない。 一夏の居候も今はここを去り、庵には男だけだ。 凛とした風鈴の音が空気に冴え渡っていく。 ヨークシン・シティでの事件は男の耳にも届いていた。 勿論、クソ生意気な弟子からではない。 麓の町に降りたときに伝え聞いたものであったり、 お節介な古い知り合いからだったりした。 「何やってんだ、お前」 一息に猪口の酒を飲み干す。 「俺が何の為にお前に手解きしてやったと思ってんだ」 かなり傾いてきた夜空に雲が出てきた。 冷たい月光が途端に柔らかくなる。 「馬鹿弟子が」 金髪碧眼、最後まで素顔、すなわち弱みを見せようとしなかった。 泣き言も言わず、胸の中に渦巻くものを悟られまいと必死で―――。 「鎖、か・・・」 届いた手紙の文面を思い出す。 どっかの塔にいるという、弟弟子にあたる男からのものだった。 アイツを助けようとしている三人の仲間。 それでも、きっとアイツはその手を拒絶するだろう。 自分のために、仲間のために。 それが“優しさ”だと思っているのだから、まだ餓鬼だ。 「・・・失いたくないなら、守れ。お前にはその力を与えたんだ」 月は完全に雲に隠れ、辺りを暗闇が支配していた。 別にここはこうでもいい。 ただ、せめてアイツの居るところには 柔らかな月の光が降りそそぎ、 夜を少しでも短く感じさせてくれればいいのだが。 end.