007-薫風 新緑の香りを乗せた風が窓から入って少年の頬を撫でる。 「サスケ」 そう呼ばれた少年が振り向いたと同時に周囲に光りが散って、消えた。 まばたきをしながら少年は不機嫌そうな顔になる。 「なに、」 「写真」 「見れば分かる」 風は涼しいが日射しが暑い五月晴れの中、 顔の半分以上を隠した男はにっこりと、 少なくとも露わになった右目はにっこりと笑った。 「撮ったことなかったなーって思って」 そう言いつつまたシャッターをおす。 一瞬早く反応したサスケの右手がレンズを覆った。 「あー惜しい」 サスケはうんざりして、再び窓の外へと視線を向ける。 日曜の気怠い午後。 日陰になった窓から時々入ってくる風を感じながらなにも考えずにいたかった。 薄いカァテンがサスケの目の前をふんわりと舞う。 「サスケー、もう一枚」 「断る。だいたいそんなモノなんの意味もないだろう」 「あるよ」 「なに」 側に腰をかがめて座った男を見上げる。 銀髪が風にそよいでいた。 「すぐにお前、俺の前から消えちゃうでしょ」 言葉を失った少年にその師はカメラを向けたが、 シャッターを押すことはしなかった。 「お前がいなくなってもいいようにね」 カカシはカメラを下にさげて笑った。 「写真があれば満足なのか?」 「まさか、お前のことを人に尋ねて探せるように」 カカシは素早くカメラを構えて少年の呆然とした表情をおさめる。 「お前が側にいない辛さが少しでも和らぐように」 もう一度古いカメラ独特の音が響く。 「どんなに長く会わなくてもお前の顔を忘れないように」 「…嘘つけ」 「どこが嘘?」 「ほとんど。アンタは一度見た人の顔は忘れない」 「あとは?」 「俺がアンタの前から消えて、 どんなに遠くへ逃げたとしても三日とたたずに掴まえる。 自分だけの力で、だ」 男は笑った。 「そうでありたいね」 カメラの光が弾けて、 爽やかな風にふかれ微かに笑ったサスケの顔がフィルムに焼き付く。 緑の香りが強く匂った。 *** 「あの匂いは忘れてないんだけどなァ」 カカシは一人、窓辺に座り外を見る。 手の中にはあの日の写真。 「なァ、サスケ」 お前の声がもう思い出せないんだ。 end.