003-朧月 昼間手渡されたくしゃくしゃのメモが指定するとおりの場所、時間に来てみれば、 自動販売機の白い光に照らされて、差出人が待っていた。 男は無言で、120円を硬貨口に放り込み、ポカリスエットの青い缶を投げて寄越した。 何も告げずに呼び出した詫びのつもりらしい。 「死ぬなら春がいいですよね」 寮近くの桜並木を連れ立って歩きながら、笠井はいつものことながら唐突に言った。 「なんで、」 飲み干したコカコーラの缶をどうしようか思案しながら三上は訊く。 「願はくは 花の下にて 春死なむ」 「西行法師」 ぴたりと詠み人の名前を言い当てた三上を、笠井は驚きを隠さず見つめた。 「そんなに意外か」 「ええ、それはもう」 笠井はポカリの最後の一口を飲み込む。 桜の花びらは散り始める間際といったところだろうか。 桜は、散る時が一番綺麗だ。笠井はそう思っている。 「どうでした、高等部の寮」 新高校一年となる三上の代は、今日が引っ越しの日だった。 それはもう朝から上へ下への大騒ぎだった。 午前連が終わった新三年、二年も、 ぎりぎりまで準備を怠っていた先輩の荷造りを手伝わされ、 上の代がいなくなった開放感に、今日の夜は浸れる雰囲気ではなかった。 「別に、なんも変わんね。初日からガンとばされたけど」 「妄想ですよ」 笠井は呆れて溜息をつく。 最近少し落ち着いてきたかと思ったが、まだまだ渋沢の頭痛の種になりそうだ。 でも、自分の種にはならない。 よかったじゃないか。 笠井は複雑な思いがわき上がるのを押し込めて、納得する。 ふ、と月光が遮られた。 顔を上げると三上がこちらを見ている。 落ちてくる唇を避けようとしたが、肩を掴む手は狡いことにいつもより強い。 なんとか首を捻った結果、唇の端に当たった。 離れた三上の不満そうな顔を見て、笠井は得意満面に笑う。 すると、今度は抱きすくめられた。 背丈はさほど変わらないというのに、腕力ではいつも敵わない。 最初は突っぱねようと努力してみたが、無駄だったので、両手を大人しく垂らした。 肩越しに見る夜空には、半月より少しふくれた朧月。 空一面に広がった春霞は、月光をたっぷり吸い、 まるで月の光が液体となり空に流れ出てしまったかの様だった。 そのせいか、空は明るい。 願はくは 花の下にて 春死なむ 三上は詠み人の名前は分かっても、 この句を諳んじた笠井の本当の気持ちなど知りもしないだろう。 死んでしまいたいのだ、もう一度春が来る前に。 もう一度、この男に会う前に。 三上の手がおそるおそるといった様子で笠井の体を引き離す。 三上の顔を見る前に、笠井は素直に目を瞑ってしまうことにした。 餞別のつもりだった。 来年の今頃、俺がここにいないことを願って。 ねがはくは はなのもとにて はるしなむ そのきさらぎの もちづきのころ end.